つぼみを読んで
- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2017/08/17
- メディア: 単行本
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スコーレNo.4の記憶が新しいうちに、「つぼみ」を読みました。
こちらは、全6編の短編からなる短編集です。1〜3編は「スコーレNo.4」のスピンオフになっています。残りの3編は独立した短編小説です。
★手を挙げて
こちらは、スコーレNo.4の主人公麻子の叔母である和歌子の話です。
和歌子は幼い頃、母の通っていた教会で、牧師さんが投げかけた質問について未だに考え続けています。それは、
「もう一度生まれてきたとしても、きっとまた今の相手と結婚すると思う人、手を挙げて」(本文より)
というもの。この質問に対して手を挙げていたのは、母ともう一人だけでした。
和歌子は大人になって、姉である里子の結婚や、自分自身の結婚についても、疑いの目を持って生きています。
姉はにこやかなままの顔で首を左右にゆっくりと振った。
「ふり」
「え」
「そういうふりをしたかったのね、お母さん」(本文より)
ある日、和歌子は母が教会で手を挙げたことがふりであったのではないかと姉から聞かされます。
ふりをする。自分を騙す。自分を信じる。それはどういう意味なのか考えさせられる一編でした。
★あのひとの娘
この話の主人公である美奈子という女性は、麻子の父、津川康彦の青春時代の恋人です。生け花教室の先生をしている美奈子のもとに、津川の三女、紗英が通い始めます。
本編ではお豆さんでしかなかった紗英が高校生になって登場です。
自然消滅のように別れてしまった津川に対して、美奈子は未練のような感情を今でも抱いており、独身です。
そして、偶然出会った津川の娘は、あの頃の津川とは見た目も中身も似ていない、何か「物足りない」感じに美奈子の目には映ります。
これをきっかけに、美奈子はずっと大事にしてきた思い出を違う視点で捉えることができるようになっていきます。
「そう思うと怖くなる。私はどれだけ多くのことを気づかずにやり過ごしてきてしまったのだろう。」(本文より)
過去との向き合い方、過去を大事にする仕方など、自分自身の過去も振り返る一助になるお話でした。
★まだまだ、
こちらは生け花教室に通っている紗英のお話。
紗英は天真爛漫で親しみやすい女子高校生へと成長しています。裏表のない印象でみんなに好かれています。言い換えれば舐められやすい感じです。
しかし、紗英自身は、自分らしさに悩み始めます。他人が思う自分らしさとは乖離している自分の一部に気づいてしまうからです。そのきっかけとなったのは、自分に向けられた悪意。大概の人には好かれてきた紗英ですが、数年に一回は自分を毛嫌いしている人物に出会ってしまいます。
「私は悪くない。でもよくもない」(本文より)
紗英は自分なりにこのような結論を出します。
私はどうしてこうなのだろう…という思春期の悩みに丁寧に答えている一編でした。
ここまでが、スコーレNo.4のスピンオフなのですが、個人的には妹の七葉の話も読みたかったなと思いました。そして、私も紗英という人物はあまり好きではありません(笑)
★晴れた日に生まれたこども
晴れた日に生まれたのを由来に晴子、晴彦と名付けられた姉弟のお話です。
母子家庭で育ち、晴子は奨学金で大学を卒業し、堅実な会社で働いています。一方で晴彦は高校を中退し、アルバイトも長続きしない、いわゆるプー太郎です。
姉は、失敗しないように歩んできた人生や、家族の中でも優等生でいることの役回りに少しだけ疑問を持っています。
そんなとき、晴彦の再就職に協力する役回りを引き受けます。
社会の中の自分、家族の中の自分、当たり前のようで普段は気づかない大事なことにハッとさせられる一編です。
★なつかしいひと
こちらは既読でした。「本屋さんのアンソロジー」という本で読んだことがあり、今回は流し読みしたので、感想は割愛いたします。
★ヒロミの旦那のやさおとこ
30代独身実家暮らしの美波には幼馴染が2人います。それがヒロミとみよっちゃんです。
みよっちゃんはバツイチ子持ちの出戻りで、美波とは今でも連絡を取り合う仲です。
そして、ヒロミは高校卒業以来家を出て、ずっと連絡は取っていません。
ヒロミは幼い頃から体も大きく豪傑で、まるで怪獣のようだという前提があります。そしてそのヒロミの旦那がヒロミの実家を訪ねて来て、絵に描いたようなやさおとこだったという意外性からこの話は始まります。
美波やみよっちゃんが知っているヒロミ、旦那のやさおとこから聞かされる知らないヒロミ。
これは、自分自身にも非常に覚えのある、昔の友人が時を経て自分が知らない人間になっているというお話です。
自分の同級生や懐かしい友人との再会を思い浮かべながら読んでいくと面白いと思います。